相馬直樹

清水東高校から早稲田大学を経て、1994年、鹿島アントラーズに入団。不動の左サイドバックとしてチームの黄金時代に大きく貢献し、1998年のフランスW杯に出場するなど日本代表でも活躍した。2000年天皇杯で左膝外側半月板損傷の重傷を負い、1年近くをリハビリに費やした。
2002年、東京ヴェルディ1969にレンタル移籍、2003年に鹿島に復帰後、2004年に当時J2の川崎フロンターレに完全移籍した。川崎のJ1昇格に貢献したのち、2005年シーズン終了をもって引退。引退試合は2005年12月24日の天皇杯、対浦和レッドダイヤモンズ戦。
引退後はサッカー解説者として主にTBS系列やスカパー!の中継番組に出演。また2006年からはJFAアンバサダーや川崎フロンターレクラブアシストパートナーとしても活動している。新聞、雑誌等にも多数寄稿しており、元選手ならではの分析、現役時代から定評のあった鋭い戦術眼を基に作られる記事は評価が高い。
2009年8月にはU-20日本代表のナショナルトレセンコーチを務めたほか、同年にJFA 公認S級コーチライセンスを取得した。
2010年より、日本フットボールリーグに所属するFC町田ゼルビアの監督に就任。ワールドカップを経験した日本人選手の中では初の監督就任となった。町田をJ2参入条件を満たすリーグ3位に導いたが、スタジアム設備など成績以外の条件がJリーグ基準に満たなかったため、J2参入を逃した。クラブからの慰留を辞退し[1]、1年限りで監督を退任。
2011年より、古巣である川崎フロンターレの監督に就任。